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エレファントマン  2002/11/21 近鉄劇場


東京と大阪あわせて3回観ることができた。
この日はとりわけ印象深い観劇になった。
観客総立ち、アンコール3回。
彼はいつものようにはにかみながら、何度もおじぎした。満面の笑みだった。



今回は宮田慶子さんの演出ということで、しかもエレファントマン、彼にとっても
新境地だ。ご存知ブロードウエイで上演され、後に映画化されたお話である。

でもやはり難しいお芝居である。
私のようなタチンさえ観れれば満足みたいな輩には尚更である。
3回観て何とか全編を理解することができた。
私的には今までの竜舞台で一番の難関だったかもしれない。

メリックは象のような巨大な頭をもち想像を絶する畸形で全身が変形している。
サーカスの見世物になっていたが、医師トリーヴスにより研究対象として病院に
引き取られる。
冒頭、実在のメリックの肖像にあわせてスポットがあたり、タチンが身体をくねらせるシーンがあった。ゆっくり回転しながら、その不自由な身体をさらけだすのだ。上半身裸に何のメイクもしていない。かくにも美形なエレファントマンであったが不思議なことに全く違和感がないことに気付く。タチンはまさにメリックそのものなんである。身体を不自由にくねらせるだけでメリックを表現している。

異形ということで、精神的にも身体的にも足蹴にされるメリック。おどおどとして身体をまるめ、まるでボロ布のように地面に這い蹲る。いや、この演技が秀逸だ。ここらあたりでタチンからメリックに変わって見つめる自分がいる。人間らしい環境に置かれたメリックは、次第に豊かな感受性を見せ始める。メリックが身体の汚れや匂いをとるためバスタブに浸かっているシーンがある。タッチンはまたもや観客の前で全裸になり、可愛くバスタブに坐っているんである。彼に関わる演出家はどうしても脱がせたいのか、よくよく裸になる人である。他の役者さん達が演技している中、私はずっとオペラグラスでバスタブのタッチンを観ていた。つか覗いてた(笑)バスタブの中でも細かい演技をしてる・・・ほとんど被りつき状態。オペラグラスが異常に曇る(笑)

多くの文化人と親交を深め、遂には王女までが彼の病室を見舞う。最初は慈善や好奇心で見舞っていたが次第にピュアなメリックに自己を投影させていく。慈善と偽善の狭間。一方、メリックの治療費の寄付を募ることにより、病院の宣伝を図り大きな収益をあげるゴム院長。一度は彼を捨てながら有名になった彼のもとに戻ってきてもう一度見世物で儲けようという元マネージャーなど、彼を巡って利権が渦巻きはじめる。今までの竜舞台はどこをどうしても藤原竜也であったのに、喋りにくそうな声の出し方、そのトーンすら今回は違う。長丁場の舞台で声が潰れてしまった訳ではないようだ。低いハスキーな声が甲高く裏返る。動きが少ない分、台詞がメリックの心情を物語る。哀しい心の葛藤がタチンの口から搾り出されていく。

「僕の頭がこんなに大きいのは夢がいっぱいつまっているから」というロマンチックなメリック。早くに母親に捨てられ、人にまともに扱われてこなかった彼は、女性に対して純粋な憧れを持っていた。彼に生身の女性と親交を持たせようと考えたトリーヴスは女優のケンドール夫人にそれを依頼する。偏見を持たずに自然に接してくれる彼女にメリックは心を開いた。このケンドール夫人を演じるのが小島聖さん。私は初めて彼女が演技する姿を観たのだけれど、劇的に声の美しい女優さんだ、束の間のファンになってしまった。彼女も彼の精神性に触れ、もっとその世界を広げてあげようと力を傾ける。彼の女性に対するナイーヴさを感じたケンドール夫人は服を脱ぎその裸を彼に見せる。聖さんの美しい背中がいきなり飛び込んできた。タチンが聖さんの裸を見ているかと思うとこっちまでどきどきして緊張した。これがミーハーのミーハーたる由縁である。(笑)

冒頭実在のメリックの肖像に合わせタチンが身体をくねらせスポットがあたるシーンと同様にトリーヴスにスポットがあたり、それを裸に上着を着たメリックが壇上から解説するという面白い演出があった。研究対象はトリーブスであり、語るのはメリック先生である。タチンの口から矢継ぎ早に言葉が流れる、このシーンは圧巻だ。竜ファンのお気に入りではないかと思う。それはまるで、「母札なら僕が持っている!」という身毒丸を彷彿とさせる。あまりの流暢さに「よっ!藤原!」と大向こうから声をかけたくなった。
メリックを人間らしくしようとするトリーブスの治療は難しい局面にさしかかり、またその畸形から彼の寿命が確実に近づきつつあることもトリーブスは知っている。トリーヴスを演じるのは今井朋彦さんだ。お顔は知っているが、なかなかの演技派の役者さんらしいが、こうして舞台を観るのは初めてだ。堅実で人間味のあるトリーヴス医師を見事に演じている。彼がいるからエレファントマンが成り立っている感すらある。

彼にとっての幸せとは何なのか、自分たち正常な人間に近づけようとした努力にどんな意味があるのか、そもそも自分たちの方が彼より正常などということが傲慢なのではないか・・・トーリーヴスの命題である。しかし、時間に制約があるせいか、その辺の流れが掴みにくい。全編に渡る人間模様の葛藤がもう少し出てたらよかったかなと思ったりした。まあ、タチンばっか観てるせいかもしれない。しかし、今回の舞台は今までの一連の蜷川作品と一線を画する。蜷川作品が動なら、これは静なる演技とでもいおうか、役作りはかなり大変だったろうと思う。若くして大きな舞台を踏んできたけれど、このエレファントマンは全く予見のできない役回りだったのではないだろうか。でも、それすらこなしてしまう藤原竜也って一体なんだろう。そういえば、アンコールのときにあまり笑顔が見られなかったと後で聞いた。緊張の連続だったんだろうと思う。長丁場をテンション保ちつつ挑まねばならないなんて至難の技だ。そして、そこに居合わせることができる観客であることにいつも幸せを感じる。

トリーブスの悩みが深まる中、ある日メリックが寝たまま死んでいるのが発見される。横になると頭の重みで普通の人のような姿勢で眠ることができなかった彼が、最後に身体を横たえ、そのまま息を絶えてしまうのだ。タチンは仰向けの状態から極スローに身体をソファーに沈めていった。エレファントマンの最後を美しく演じ切った。でもお馬鹿ミーハーファンは日頃鍛えている腹筋力のお蔭だな〜と頭の片隅で思いながら、息の抜けない舞台の終焉に安堵した。とにかく疲れた舞台なのだ。でも彼の成長を確かめられた。それで十分。なんだか色々感じたことがあったのだけれど私は巷の論客でもないし、ましてやそれを語る術がない。
こうして私の怒涛のエレファントマンツアーは幕を閉じた。